読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

ブログには書けない話

客の来ない喫茶店をやりたい

好きな仕事ができている人は幸せだ、嫌いな仕事で安定した収入のある人より何倍も

いつからか、やりたいことではなく、やっておけば安心できることにばかりに縛られてしまっている気がする。

例えば、僕もそうだ。本当は、もっと表現であったり、伝えること、心を動かすような仕事、創作がしたい。でもやってるのはシステム屋。それもテスト。伝わるのは無機質なマス目の規則正しさだけであり、動くのは僕の心の荒みだけ。こんなことがやりたくて生きてるわけじゃない。こんなもののために生まれたんじゃない。私立文系大学というヌルい天国からそんな腐敗したIT業界に落とされた僕の心はテストという汚泥から浮かび上がれないままでいる。

とはいえ、就活をするときはこんなことは考えなかった。むしろ、そういった「表現」とか「心動かす」とか、Webメディア・広告のようなものはブラックの金字塔のように思えていた。電通タワーは死の砦。そんな風にかんがえていたし、最近の、社員の自殺事件なんか見てても、そりゃ広告業界っていうのは大変そうだなあなんて今でも思う。

しかし、だ。そんな広告代理店でも楽しめているような、いわば天職みたいな人間もいる。そういう人間は、もう何十時間でも、眠らずに仕事をしていても大丈夫なほど、仕事を楽しめている人間であり、お金とか、安定とか、そういうものじゃなく、純粋に仕事が好きだから働いている。そういう人間にとって、人生は楽しいことをしながらお金までもらえる、というまさに鬼に金棒、ゲバラにM1カーボンという具合。楽しいから、仕事をたくさんする。すると、もっと仕事ができるようになる。もっと楽しくなる。仕事をする...。これは一般的な、いわゆるワークライフバランス的観点から言えば全く不幸に思えるかもしれない。でも僕は、こういう生き方こそ、最も幸せな生き方だと思う。好きな仕事をして、それが認められて、お金までもらえる。そのためなら、この身を燃やしたっていい、そんな生き方ができる人間にこそ、人としての幸せがあるように思えてならない。

そういう人たちと比べて、自分の、ただ安定だけをとっている仕事・作業のなんという薄っぺらなことか。もうペラッペラ。何も生み出せず、時間とお金の交換をして、そのお金で消耗した心身を少しでも元に戻そうとする。最近は、茶香炉―なんかお茶っ葉を熱していい香りを部屋にさせるやつ―を買ってしまった。しかも、買ってしまった後で発送が数週間後になることに気が付いた。おいおい、一体何処から送ってくるつもりなんだ。数週間って、アメリカの通販サイトからだって数日でものが届く時代に、数週間って。そんなことをしている間にも、好きを仕事にしている連中ははるかはるか遠くまで歩みを進めている。待ってくれ、僕もそこまで行きたい、仕事楽しい→頑張れる→できるようになる→仕事楽しいの好循環(サイクル)に乗せてくれ、そう思って駆け出そうとしても、いつのまにか、足がエクセルに絡まっていて走れない。しまった、この列はテンプレ作ったアホが複数列を結合してやがるんで、項目を一気にコピペできないんだ。一個一個、コピーアンドペーストペーストするしかない。だからテストは嫌なんだ、茶香炉で気持ちを癒すのもだいぶ先になってしまっているし、僕の心は何で癒やせばいいんだろうか?もう一個、違う茶香炉を買えってか??

たとえ安定していたとしても、好きでもない仕事は人を幸せにしない。安定するのは、他社からの評価やカードの審査くらいで、肝心な、もっとも肝心な自分の心はまるで大時化のようにぐるぐるぐるぐると大荒れに荒れる。

みんな、心の不安定に支えられてるような安定なんて、捨て去ろう。本当に自分が好きな、その身を捧げてもいいくらいの仕事を見つけよう。危ない道かもしれないけど、みんなでいけば、赤信号のようなもんだから大丈夫。本当の幸せをみつけにいこう。みんなで、っていうのが大事、だって流石に僕一人では、こんな獣道、こわすぎるじゃない?